2018年2月26日月曜日

忘れられた巨人「中世の日本人」:コヅレはなぜ優秀なのか?

コヅレ()、本名、井戸謙一。2006年、稼動中の志賀原発の運転停止の判決を出した裁判長。学生時代、彼は教育学部の学生で、一度も法律の授業を受けたことがなかった。なのに、半年弱の独学で、司法試験に一発で合格し、1年先輩だった私の前を彗星のように横切っていった。これは、二十代すべてを司法試験の受験勉強という獄中で送った私にとって、言葉も出ないほど驚異的な出来事だった。 

     ()コヅレと呼ばれた当時の写真(左端)
しかし、その後、その訳が分かりました。彼が優秀なのは、別にIQが高いとか、遺伝子が別だからではなくて、大阪の堺に生まれ育ったからだ、と。

堺は、日本中世史の最も重要な場所です。中世の歴史家網野善彦の本には、堺、堺と堺ばかり登場します。

彼の「日本の中世都市の世界」の中で、

当時の宣教師が本国宛に書いた書簡に、
堺の町を一歩外に出れば、直ちに殺し合い、傷付け合う敵味方が、この町に入るやいなや、その区別なく、<大なる愛情と礼儀をもって>平和に応対する不思議さに、まるで魔法でも見るような驚異の眼をみはった
ことを書いています(16頁)。

1518年に将軍足利義春の弟が堺にいて、「堺公方」と呼ばれ、回りが彼を盛りたてて、「堺幕府」と言われるほどの勢力だった(「日本社会の歴史」下72~73頁)

ウィキペディアにも次のように記されています。

応仁・文明の乱以後、それまでの兵庫湊に代わり堺は日明貿易の中継地として更なる賑わいを始め、琉球貿易・南蛮貿易の拠点として国内外より多くの商人が集まる国際貿易都市としての性格を帯びる。布教のため来日していたイエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラは、その著書『耶蘇会士日本通信』のなかで、「堺の町は甚だ広大にして大なる商人多数あり。この町はベニス市の如く執政官によりて治めらる」と書いた。この文章によって、堺の様子は当時の世界地図に掲載されるほどヨーロッパ世界に認識されることとなる。
ヴィレラの後継宣教師であるルイス・フロイスもまた、マラッカの司令官宛に「堺は日本の最も富める湊にして国内の金銀の大部分が集まるところなり」と報告、その著書『日本史』のなかで堺を「東洋のベニス」と記している。

堺の特筆すべき点は、時の権力者たちの支配から自由だった自由都市だった点です。
自由都市というのは、現代社会という社会システムを作り出した遺伝子、DNAみたいなものです。西ヨーロッパに、中世に出現したベニスなどの自由都市(その数は3000以上と言われています)は、その後、そこを拠点として、宗教改革(ジュネーブ)や近代市民革命が起こったからです。

堺が自由都市として優秀だったのは、その名前に現れています。
堺とは、境(境界)のことで、摂津国・河内国・和泉国の3国の「境(さかい)[1]」に発展した街であることから付きました。
つまり、既存の共同体と共同体のあいだ、すきまに生まれたことが、境の優秀さを決定したのです。

なぜなら、既存の共同体と共同体のあいだ、すきまで生きていくためには、1つの共同体の掟、しきたり、慣習だけに従う訳にはいきません。
それは、或る意味で、偶像崇拝(共同体の掟、しきたり、慣習に従うこと)の禁止です。
それぞれの共同体に存在する異なる掟、しきたり、慣習を理解した上で、そことべったりするのではなく、それらと距離を置いて、どの共同体に対しても受け入れられるような普遍的な原理を心がけるようになります。
その典型が、古代ギリシャの都市国家(ポリス)で生まれたギリシャ哲学やユーリッド幾何学、中世イタリアの自由都市で生まれたルネサンスの文化です。

堺=境=すきまで生き延びるために、人々は否応なしに、優秀にならざるを得ない。
他方で、堺=境=すきまで生きる人たちこそ、優秀になれる条件を備えている。
私たちは、或る種の抑圧の中にいると、思考能力が停滞します。その典型が共同体が押し付ける掟、しきたり、慣習です。市民立法、裁判などをやってはいけない、恥ずかしいことだ、もっと別な大人しいやり方で行くべきだといった無言の抑圧です。
こういう抑圧が、堺=境=すきまで生きる人にはありません。だから、彼らの思考能力は停滞することがない。いつでもエンジン全開です。

境に住んできたコヅレは、それまで一度も授業に出たことすらなかった法律の勉強を独学で始めて、あれよという間にマスターしてしまったのも、偶像崇拝といった抑圧のない世界に生きているため、彼の思考能力は停滞することなく、フル回転で発揮されたからではないかと思う。

これは、アインシュタイン、チョムスキー、スピルバーグなどのユダヤ人がなぜ優秀かという問題と共通する。彼らが優秀なのもまた、別にIQが高いからでも、遺伝子が別だからでもなくて、彼らが堺=境=すきまで生き延びるために、ユダヤ教の教え=偶像崇拝の禁止に従い、思考能力を停滞させることをしてこなかったからです。

放射能汚染地図を作成した群馬大の早川さんは「いま勉強しないと、死ぬぞ」と警鐘を鳴らしました。しかし、彼は、どうしたら勉強して理解できるようになるかについては言わなかった。

その答えは、コヅレに見習え、です。つまり堺=境=すきまで生きること、思考能力を停滞させるありとあらゆる偶像崇拝をやめること、です。

ところで、日本は、ヨーロッパほど自由都市が出現・発展しないうちに、日本の宗教改革も市民革命も、信長、秀吉、家康たちの手でつぶされてしまった。
コヅレはその貴重な日本の自由都市=堺=境のDNAを引き継いだ貴重な無形文化財だ。

彼のDNAから、日本の未来と希望を引き出すことができる、というのは私だけの妄想だろうか。

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